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CLANNADで号泣!遊戯王スリーブがクラナドだった大学時代の話。後編

やっとこの訳の分からないタイトル記事を完成させられる。

久しぶりにブログ書きます。たまにはね

この記事は、下記の前編と中編の続きとなります。

良ければどうぞ。

https://yusai.me/anime/clannad-yugioh1/

https://yusai.me/anime/clannad-yugioh2/

前回はクラナドの話をアツくし過ぎてデュエリスト談義ができなかったので、今回はそこをメインに書いていきたいと思います。

決闘者(デュエリスト)との出会い

1度目の休学が終わり大学に復学した僕は、図書館で1人のデュエリストと出会った。

その子は僕の1つ下の頭のおかしい子だった。

猫の形をしたスリッパを履き、腰には仮面ライダーの変身ベルト

あまつさえ酷いときは、左手にデュエルディスクを身につけている始末

初対面での印象は「こいつはやばい・・・」この一言に尽きた。

ゼミの連中がその子と仲が良かったこともあり、僕とその子は頻繁に顔を合わせるようになった。

僕は中学生の頃、周りに遊戯王をしている友達がいなくて諦めた過去があった。

そのせいか、この子と会うとところかまわずデュエルをするようになっていた。

閑静な図書館。

たくさんの人でにぎわう食堂。

授業終わりの教室。(時には授業中にも)

ありとあらゆるところでデュエルをやった。

 

そうこうしている間に自分のデッキが欲しくなり、中学生の時に作っていたエレメンタルヒーローデッキをつくろうと決意する。

タイミングのいいことに、その時はエレメンタルヒーローのストラクチャーが出るタイミングだった。

しかもそれが強いらしいという噂を聞きつけ、これは吉日と3セット即購入。

▽あのとき買ったデッキはこれです。

遊戯王のことをよく知らない人のために言うと、ストラクチャーとはあらかじめ作られたデッキのことです。

ちなみに3セット買った理由は、デッキに同種のカードを3枚まで入れられるから。

遊戯王やっている人なら、わりとデフォルトな買い方です。

 

クラナド一択なスリーブ選択

カードを購入すると凝りたくなるのがスリーブ。

最初の頃はゲオで売っているどこにでもありそうなスリーブを使っていましたが、中学生の頃の遊戯王熱を帯びている当時の僕はそれで満足できませんでした。

そのときはちょうどクラナドを観て号泣し、頭がクラナド畑でいっぱいだったのでスリーブもクラナドにすることを決意。

Amazonでクラナドスリーブで検索し、うしおが映っているスリーブを1つ発見。

しかし在庫1件。やばい。早くしないと。

そんな感じで、意識のないまま即購入したのを覚えています。笑

▽当時買ったスリーブはこれ。

 

なんか値段が4万ぐらいついていますが(笑)

僕が買った時は送料込みで3千円いかないくらいでしたね。

 

割とガチで遊戯王をやり始めた大学3年生の夏~春

デッキを作りクラナドスリーブを手に入れた僕は、遊戯王のデッキ構築に精を出すようになりました。

メルカリで欲しいカードを検索。

安くで出品していたら即購入。

千円、2千円ぐらいするカードとかもざらに買っていました。

  • 超融合
  • ヴェルズビュート
  • サイレントオナーズアークナイト
  • 鳥銃士カステル

などなど。

欲しいカードを見つけては買い、自分のデッキを強くすることが当時は楽しくてしょうがなかった。

最終的には、約1万5千円ぐらいかけてデッキを作っていました。

 

幼い時はお金が無く、欲しいカードが中々手に入らないことが沢山あったと思います。

その反動が大学3年生というバリバリ大人の年齢でやってきました。

そんなこんなでわいわい遊戯王をやっていくうちに、周りの奴も巻き込んで遊戯王に没頭していました。

気づけばゼミ7人中、6人がデッキを持つというすごく異常な状態に。(残り一人は女の子)

会ったら、デュエル!

それが大学3年生だったときの僕らの日常でした。

 

決闘(デュエル)のときは常にクラナドを背負っていた

前の記事にも少し書きましたが、当時の僕はクラナドが好き過ぎてデュエル中にクラナド名シーンを流していました。

否、デュエルのときだからこそ流していたのかもしれません。

勝負の場だったからこそ、自分の大切なものを背負いながら戦う。

当時の僕はそんな思考回路で、クラナドアフターストーリー21話の雪道のシーンをエンドレスに流していた記憶があります。

「おれうしお背負うわ」

そんなわけの分からない気持ち悪いセリフを放ちながら、学校で遊戯王に興じる中々どぎつい大学3年生だった僕。

今考えれば、普通はインターンとか資格勉強とかに精を出す大切な時期だったと思います。

ですが当時の僕は「就職するために大学に来ていない。モラトリアムを謳歌するためにここに来たんだ!」という自由主義的な考えが高校生の時からありまして、就職をするための努力は4年間一切しませんでした。

今考えると「あほだな」と思いますが、自分らしく生きていて俺らしいなとも思いますね。

 

その後:悠才アフターストーリー

そんなこんなで大学3年生が過ぎた後、

  • オーストラリアでワーキングホリデー
  • 4年に復学し、2つ下の学年と大学生活。
  • 現在は、就職せずに千葉の田舎で新卒フリーランス(サイト制作者)。

という感じで過ごしてきました。

その間、遊戯王をすることは全くありませんでした。

デッキは友達に貸したまま、今は手元にはありません。

しかし、デッキを買った時に自分で誓ったことがあります。

このデッキは家宝にする

自分の好きだった遊戯王クラナドが融合した、いわば俺の過去の分身であるエレメンタルヒーローデッキ

その分身を近い将来、迎えに行こうと思います。

大学3年のときみたいに、クラナド名シーンを流しながら真剣にデュエルをする。

それがいまの僕の一つの夢だなと、記事を書きながらしみじみ感じました。

 

CLANNADで号泣!遊戯王スリーブがクラナドだった大学時代の話。-

 

ps. 因みに一番好きなモンスターは、「シャイニングフレアウィングマン」です。

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